嗅覚・味覚障害と新型コロナウイルス感染症について
当院は東京都の「コロナ後遺症対応医療機関」に指定されております。
コロナ感染後の“嗅覚障害”とそれに伴う“味覚障害(風味障害)”が当院で主に対応させていただく症状ですが、他にも鼻やのどの症状全般に対応可能です。
一方、倦怠感や息切れなどの症状がある方、当院では行っていない上咽頭擦過療法(EAT/いわゆるBスポット療法)を希望される方は、他の対応可能な医療機関(東京都福祉保健局のHPで確認可能)への受診をおすすめします。
新型コロナウイルス感染症にかかると、においの異常(嗅覚障害)やあじの異常(味覚障害)を自覚することがあります。
新型コロナウイルスは、細胞の表面にあるアンギオテンシン変換酵素2(ACE2)受容体と結合して細胞内に入り込んで増殖します。
このACE2受容体は鼻の上皮細胞で多く発現していることが分かってきました。ACE2受容体の発現は小児では少なく、年齢が上がるにしたがって多くなることが報告されています。
新型コロナウイルス感染症に伴う嗅覚障害では、以下に挙げる臨床的特徴が報告されていますが、従来の感冒後嗅覚障害(風邪を引いた後ににおいがしない状態が続いている)とは一部異なる点(※)もあります。
・女性の方が多い。
・誘因なく突然発症する。
・脱失(完全になくなる)あるいは高度障害が多い。
・味覚障害を高率に伴う。※
・異臭症の発生率が高い。※
・鼻閉・鼻汁など他の鼻症状を伴わないことが多い。
・嗅覚障害・味覚障害以外の症状が見られない場合がある。
・比較的短期間で改善する場合が多い。※
現在国内で主流となっているオミクロン株では、従来のウイルスと比較して嗅覚・味覚障害の発生率は下がっていますが、咽頭痛が増えて風邪と見分けがつきにくくなっています。
急に嗅覚(におい)や味覚(あじ)が分からなくなった方は、新型コロナウイルス感染症の初期症状の可能性があります。
嗅覚・味覚障害自体は自然に回復することも多く(60〜80%は2週間以内に改善との報告が多いです)、決して治療を急ぐ必要はありませんが、10日以上経過しても改善しない場合は、耳鼻咽喉科受診をおすすめします。
当院に受診される際は、WEB問診の事前入力にご協力をお願いいたします。新型コロナウイルス陽性の診断を受けられた方は、陽性判明日を含めてその旨を必ずご記載いただけると助かります。
嗅覚障害の原因として最も多いのは慢性副鼻腔炎ですが、当院では副鼻腔CTを併用してにおいのセンサーがある嗅裂を中心に鼻の中の状態を詳しく調べることが可能です。
脳の病気が原因でにおいがしない中枢性嗅覚障害(頻度は少ないです)が疑われる場合は、連携施設で頭部MRIを撮ってきていただくことをおすすめしています。
新型コロナウイルス感染症で嗅覚障害があった患者のCT/MRIで嗅裂が閉塞している所見を認めた(ただし明らかな副鼻腔炎はなし)との報告があります。
T&Tオルファクトメーターを用いた嗅覚検査は、脱臭装置が必要になることもあって限られた施設でしか行うことができません(当院にもありません)ので、当院では日本鼻科学会・嗅覚検査検討委員会で考案された「日常のにおいアンケート」を利用しています。
的確に原因の鑑別を行った結果、新型コロナウイルス感染症に関連した嗅覚障害が疑われ、かつ2週間以上改善しない場合は、感冒後嗅覚障害に準じて治療を検討するのが妥当とされています。
当院では、嗅覚刺激療法、漢方薬(当帰芍薬散)、ステロイド点鼻(嗅裂の閉塞所見を認めた場合)を組み合わせて治療をしています。
1か月以上の症状残存は10〜20%との報告が多いですが、当院での経験例を見ても回復の程度は個々によって異なる印象です。
<漢方薬(当帰芍薬散)>
感冒後嗅覚障害の場合に有効性が報告されています。有害事象の報告はないものの、多くの場合は長期間の内服が必要になります。
<嗅覚刺激療法>
4種類の嗅素(バラ、ユー カリ、レモン、クローブ)を1日2回朝晩10秒程度、12週間嗅ぐという方法です。感冒後嗅覚障害(Hummel T et al., 2009)と外傷性嗅覚障害(Konstantinidis I et al., 2013)において、その有効性が報告されています。
<新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と嗅覚・味覚障害に関する主な報告(随時更新予定)>
COVID-19患者(軽症〜中等症)417名(女性263名)のうち、嗅覚障害を85.6%、味覚障害を88.0%(両者は有意な相関あり)に認めた。11.8%で他の症状に先行して嗅覚障害が出現。44.0%で嗅覚障害が早期に回復した。男性よりも女性の方が有意に嗅覚・味覚障害が多かった。
COVID-19患者(軽症)202名のうち、嗅覚あるいは味覚異常を訴えたのは64.4%であった。女性の方が多かった。
嗅覚障害10論文・味覚障害9論文からのメタアナリシス。COVID-19患者の52.73%に嗅覚障害、43.93%に味覚障害を認めた。
Moein et al., 2020. Smell Dysfunction: A Biomarker for COVID-19
The University of Pennsylvania Smell Identification Test (UPSIT) スコアにてCOVID-19患者60名中59名(98%)で嗅覚障害を認めた。UPSIT スコアと性別、COVID-19の重症度、または併存症との有意な関連はなかった。
インフルエンザ様の症状がありCOVID-19陽性だった患者のうち、68%に嗅覚障害(そのうち74%は数週間以内に改善)、71%に味覚障害を認めた。COVID-19陰性だった患者の場合は、嗅覚障害16%、味覚障害17%であった。COVID-19感染と嗅覚障害・味覚障害と強く関連しており、スクリーニングに有用である可能性がある。
コロナウイルスは感冒後嗅覚障害を引き起こすことが知られている多くの病原体の1つであるが、鼻上皮細胞では新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の侵入に必要なACE2受容体が比較的強く発現していた。
鼻腔上皮における新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の細胞侵入の足場となるACE遺伝子の発現は、10歳未満の小児で最も弱く、年齢が上がるにつれて強くなっていた。
Eliezer et al. 2020. Sudden and Complete Olfactory Loss Function as a Possible Symptom of COVID-19
COVID-19+嗅覚障害患者では、CTとMRIで両側嗅裂の炎症性閉塞所見(嗅球は正常)を認めた。
Whitcroft&Hummel, 2020. Olfactory Dysfunction in COVID-19 Diagnosis and Management
COVID-19に関連した嗅覚障害が2週間を超えて続く場合は、 感冒後嗅覚障害に準じた治療を検討するのが妥当であるが、有効性は不明である。
Salcan et al. 2021. Is taste and smell impairment irreversible in COVID-19 patients?
COVID-19患者94名中、34名(50.7%)嗅覚障害のみ、3名(4.5%)で味覚障害のみ、30名(44.8%)で嗅覚および味覚障害を認めたが、10日後に再検査を行うと嗅覚・味覚障害共に有意に改善しており、COVID-19患者に出現する嗅覚・味覚障害はほとんどが一過性であると考えられた。
嗅覚障害、味覚障害、体温異常、咳嗽はPCR陽性と有意な関連を認めたが、嗅覚障害と咳嗽の両症状を有する場合にPCR陽性率が最も高かった。嗅覚障害症例のうち85.4%で、症状発現後14日以内に嗅覚機能が回復した。
ゴールデンハムスターでCOVID-19モデルを確立。感染成立後早期に広範囲にわたり嗅上皮の脱落を生じた。嗅上皮の大部分は感染後21日の時点で正常の厚さに回復したが、背側鼻甲介、外側鼻甲介の嗅上皮では障害が残存した。SARS-CoV-2 感染後の嗅上皮は部位によって傷害程度や再生速度が異なっていることも明らかになった。
COVID-19罹患後嗅覚障害に対する局所ステロイドの効果(システマティックレビューおよびメタアナリシス)。治療群では対照群(プラセボまたは無治療)と比較して2週と4週時点での嗅覚スコアが有意に改善したが、嗅覚の完全回復率に差はなかった。
デルタ株では野生株と比較して、嗅覚スコアが良好で、4週間後の嗅覚改善率も高かった。
オミクロン株流行期ではデルタ株流行期と比較して、嗅覚障害が52.7%→16.7%と約1/3に減少、逆に咽頭痛が60.8%→70.5%と増加した。
オミクロン株流行期では初期のCOVID-19と比較して、嗅覚障害が62.6%→24.6%、味覚障害が57.4%→26.9%と有病率が大幅に低下、また重症度も低下していた。